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こんにちは僕ぽち丸。




僕は会社で営業職なのだけども、営業たる者、もちろん客先回りをせねばならんわけだ。
普通の打ち合わせや動向調査(と言う名のお茶飲み)はもちろん一人で回るわけなのだが、新規顧客や少し大きな商談なんかになると上司と一緒に営業周りをする。
そんなこんなで今日も2社ほど回って会社に帰る途中、前を歩く部長が脇道に入りた。

「ちょっと寄り道して行こうぜ」

ってなわけで部長行きつけの喫茶店へ。

「帰ったら仕事せなアカンからやな、いっつも営業行く振りしてここでサボってるわけや」

上司がこんだけ暇なら俺の給料も少ないわけだ・・・とか思ってる間にオーダーをする部長。

「ブレンドとゆで卵2つずつ!ここのゆで卵めっちゃウマいぞ~」

ゆで卵か・・・実はあんまり好きじゃないんだよな。
部長が楽しそうに剥いているゆで卵を見ながら、ふと昔の事を思い出した。
 
 
 
 



 
小学生の頃、僕は両親共働きなので鍵っ子だった。
5歳離れた姉は、リア充だかDQNだか知らないけれど、毎日どこかへ出かけて家にはほとんど居なかった。
当時の僕は体も虚弱で大人しかったので、必然的に一人で家にいる事になる。
そんなこんなで、母は家事や僕のお守りをばーちゃんに頼むことが多かった。

家から帰ると、針仕事をしたり植木に水をやっていたばーちゃんが仕事の手を止め、笑いながら言ってくれた。

「お帰り!さあ、ばばあも疲れたからおやつにしよかぁ。腹減ったろ?」

一人称が「ばばあ」だったばーちゃんは、いつもニコニコ笑いながら台所に立つ。
ばーちゃんが作ってくれるおやつは、いつもゆで卵だった。

小学生の僕はもちろんお菓子が食べたいんだけれど、ばーちゃんはゆで卵以外、絶対に出さなかった。
半熟でもなく、完全に固ゆで。それも、1回やるたびに1パック使うので、一度にゆで卵を5個も6個も食べるハメになるのだ。
当時から僕はバカだったので、口の中がモソモソになり、時々喉に詰まって涙目になったりしながらも全部平らげていた。

「ぽちちゃんはほんまにゆで卵好きやねぇ」

なんて言われるんだけど、ばーちゃんがそれしか作らないんじゃねーかとか思いながらも、
嬉しそうに作るばーちゃんを見ると言えなかった。

ある日、おやつの時間になるとばーちゃんが何かとっても嬉しそうな顔をしていた。

「ぽち丸!今日のおやつはええもん買って来たよ~」

おお、ついにお菓子か!?世間一般で「おやつ」と言う言葉で連想されるお菓子の類がついに食べられるのか!?
と思ってワクテカしていると、ばーちゃんはニコニコしながら言い放った。

「1パック300円もする卵買って来た。絶対おいしいよ~!!」

いや、卵が高い安いの問題じゃねえから!!
1パック300円もする高級卵にフランス産の岩塩とやらを振りかけて食べてみたものの、
無理矢理食べるゆで卵はやっぱりおいしくなかった。
 
 
 

そんな風にゆで卵を食べまくりながらも次第に大きくなり、中3の冬になった。
授業中に、眉毛がぶっとい担任、通称『(眉毛が)ボン』が血相変えて入ってきた。

「お婆さんが倒れられて、病院に運び込まれたらしい。授業はもう良いから早く行け!」

血の気が引くってこういう事なんだろう。何?何で?誰が?何故?何時?どうやって??
ボンの言葉が理解できなかった。しかし、とにかく急いで病院に行かなければならないらしい。
僕は頭の中で必死に5W1Hを繰り返しながら走り出した。

その背中にボンが思いついたように叫ぶ。

「おい、校門出たところで待っとけ!駅まで送ってやる!」

僕の学校は駅まで徒歩10分程度掛かる。一刻を争う状況で駅まで送ってもらうのは非常にありがたい。
今のご時勢なら間違いなく体罰問題で懲戒食らうようなガチ体育会系のボンは暑苦しくてうっとしかったが、
こういう時はその熱血ぶりがありがたかった。

「よし、乗れ!!」

てっきり車が来ると思ってた僕の目の前に、一台のチャリンコが颯爽と停車した。
ハンドル部分に鍋つかみのような風除けをつけ、『さすべえ』を装着した年季の入ったミセス仕様だ。


「飛ばすぞ!しっかりつかまってろ!!」


ボンがテニスで鍛えた脚力で自転車を漕ぎ出した。
ボンの漕ぐチャリンコはマジで速かった。その分、むき出しの荷台に座る僕のケツも痛かった。


僕たちは、風になった。
音がすべてなくなり、景色が流れていく。
陽のあたる坂道を自転車で駆け上る。むさっ苦しいボンじゃなくて女の子と一緒だったらなんてステキなシチュエーションだっただろうか。
 
と、まあ、現実から目を背けるようにそんな事を考えていた。




しかし、僕が目を背けようと背けまいと、現実は確かに現実としてのしかかる。
病院に担ぎ込まれたばーちゃんは、末期だった。
お前が病人じゃねーのかってくらい青白い顔をした医者が他人事のように(実際他人事だけど)言った。

「もってあと数週間でしょう。延命治療もほとんど効果がないと思われます。」




その日から、毎日のようにお見舞いに行った。
ある日、麻酔から目を覚ましたばーちゃんが言った。

「ゆで卵食べたい…みんなで食べよう!」

と言うわけで、母と叔母がばーちゃんの家でゆで卵を作ってきた。
親族一同でばーちゃんを囲みながらゆで卵をかじる。その時、突然ばーちゃんの顔が真っ赤になった。
冷や汗をかき、必死でナースコールを押す。
どうやら、ゆで卵をのどに詰まらせたらしい。もう飲み込めないくらい喉の力が弱くなっているようだ。

「もうゆで卵なんか一生食べない!!」

まだまだ生きるつもりでいる、いや、薄々自分の余命について分かっていたであろうばーちゃんの「一生」と言う言葉が、妙に滑稽で妙に悲しかった。
 
ばーちゃんが亡くなったのは、その数日後だった。
 
 
 
 
 



 

「おい、どうした!?」
「は、はい!?いや、ちょっと喉に詰まっちゃって…」

思い出しながらゆで卵を食べてるうちに、涙ぐんでたらしい。
バカが少しだけマシになった僕は、水を一気に飲んだ。
 

一息ついてふと気がついた。
 
 

そういや、来週ばーちゃんの命日だ。
日曜に墓参りでも行って、大量のゆで卵でも供えとくか。




 

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こんにちは僕ぽち丸。

 

今年の春は寒かったもので、あまり季節感めいたものはありませんが、気付けばもう5月も終わり。

時期的にはもうすぐ入梅ですが、ようやく暖かくなってきたと言う感じですね。

 


昔から暖かくなると変質者が増える、と言う話があります。
気温が暖かくなって頭も暖かくなっちゃった人が冬眠から目覚めた熊のように獲物を求めて徘徊を始めると言う事らしいんですけれどもね。



確かに、春になって暖かくなると僕も部屋ではパンツ1枚とかフルチンで過ごしたりしますし、冬場はドテラとか着てパソコンの前で背中を丸めながらコソコソと致していたオナニーも、パンイチやフルチンで過ごしていると言う開放感も相まって、エビ反りしてみたりブリッジしてみたり開脚してみたり空気椅子してみたり、最終局面を迎えるにあたって「フォォオーーーーーーーゥウ!!!」「ボンヴォワイヤーーーージュ!!!」「ハレルヤァァァアアアアアアア!!!!」みたいな奇声を発してニルヴァーナを迎えて解脱してみたりと、これまでのオナニーの常識を覆すかのようにハードなオナニーを行うわけです。

その姿はまさに既存概念の壁を打ち破らんとするロックの精神を体現したかのような、それはそれは崇高なものです。
So,We gonna go New World.

 


しかしそのハードロックオナニーは、あくまで僕しかいない空間でのみ発散される春の訪れを喜ぶおしゃまな妖精たちの月下の交響曲(ムーンライトシンフォニー)であって、それに興味の無い、もしくは嫌悪感を抱く一般人を巻き込むのは言語道断。

そんな変態紳士道のかけらも持ち合わせていない、変態の風上にも置けないはぐれ外道純情派どもは断じて許すまじですが、そもそもこの「春になったら変質者が増える」と言う定説、本当なのだろうか?





そもそも人間と言う者は発情期がありません。逆に言うと年中発情期です。
こう書くとなんか僕が頭暖かくなっちゃった人みたいでわけ分かりませんけれど、人間と言うのは1年中いつでもおセックスが出来るわけですよ。

「発情期=生殖行動が可能な時期」とするならば人間は年がら年中発情期ですし、「発情期=特に生殖欲求が高まる時期」とするならば、春夏秋冬四季折々、特に性欲が高まる季節と言うのは無いわけで。



手前味噌で申し訳ないんですが、自分自身を例に挙げますと、春だろうが夏だろうが秋だろうが冬だろうが年がら年中常におセックスしたいわけですよ。

電車の中だろうがエレベーターだろうが仕事中だろうが、向かいのホーム、路地裏の窓、いつでもどこでも誰とでもと言う大山倍達式ケンカルール並みにいつでも臨戦態勢なわけです。
年齢的な衰えを感じる事はあっても、季節的な増減と言うのはあまり感じませんね。

今年の夏はどこでしようか、今年の冬はどこでイこうか、夏の水着も冬のサンタコスプレもあなたを見たい。あなたとしたい。




さて、僕自身はそうですが、世間一般としてはどうなのか?
ちょっとネットを探すと、分かりやすいグラフがありました。


s_graph_month.gif
 

これ、千葉県警の月別性犯罪認知件数なんですけどね。


強姦に関しては、真冬である2月から4月はほぼ横ばい、5月にいたってはカクンと下がっています。全体的には月によって多少のばらつきがあるものの、季節的による増減傾向はあまり無さそうですね。

とは言え、「春になると変質者が増える」と言う定説でいうところの変質者って、気配を殺して背後からそっと忍び寄りおっぱいを二揉みしてすぐさま逃げる忍の者や、夜道で「どや姉ちゃん、ワイの松茸ワイルドやろぉ?」とか良いながらブナシメジを振り回してるような人の事であって、強姦犯では無いような気がします。

すなわち強制わいせつの方を見るべきなのですが、こちらも確かに4月ごろから増加傾向にあるものの、ピークは11月です。

冬眠明けの熊が餌を捜し求めるように春になって急激に増えるわけではなくて、むしろ冬眠前の餌を捜し求める熊のごとく冬が始まる前にエクストリームバーストしてしまうわけですよ。


つまり、本当に気をつけるべきは春よりも秋。
しかし、それなのに何故、春に気をつけろと言う定説が流れているのか。


「暖かいとみんな外に出るからそういう人と遭遇する機会が増える」
「暖かくなると薄着になるので性犯罪者が刺激される」
さまざまな説がまことしやかに囁かれていますが、データと言うのは残酷なほど現実的で、明らかに秋が危険であるという事を指し示しているわけです。




この事実に、どこか陰謀めいたものを感じるのは僕だけでしょうか。




本来であれば秋に気をつけるべしと言う定説を流布する事によって防犯意識を高め、犯罪の減少に繋げるというのが当たり前なのに、なぜか春先に警戒をさせて、秋はスルー。それはもう全力でスルー。これっておかしいじゃないですか。

そりゃもちろん言いたい事も言えないこんな世の中ですから、常日頃から防犯意識を高めておく事は重要です。
人を見たら盗人だと思えと教えられるこの世の中なわけですよ。
その教えを、盗人は石で打ち殺せ、裁くのはこの俺だ!とあらぬ方向に勘違いしちゃったキチガイが「肩がぶつかった」と言う理由で護身用のサバイバルナイフで襲い掛かってくるか分かったもんじゃない。
日本はいつからかこんなサウスブロンクスみたいな街になってしまったのです。

環境が変わる年度始めの春に防犯意識を高めるというのはあながち間違いではないのかもしれません。

 

しかし、だがしかし。


人間と言うのは、良くも悪くも「忘れる」生き物なのですよ。

元旦に1年の目標を立てたりしますよね。
それを12月まで覚えてる人は果たしてどれだけいるのでしょうか。
覚えていたとしても、日常の中で磨り減り、色あせ、目標実現のために積極的に動き続けていられる人ってほとんど居ないんじゃないかと思えます。

つまり、春にせっかく高めた防犯意識を実際に性犯罪が増える秋までキープできる人って少ないんじゃないでしょうか。それなのに何故秋が全力スルーされているのか。

 


警察密着24時と言うテレビ番組をご存知の方も多いと思います。
悪い事いっぱいやってそうなみのもんたが「我々善良な一般市民」とか言う度に吹き出しそうになるんですけれども、あの番組って大体2月くらいの特番枠じゃないですか。
大阪の酔っ払いとか万引き主婦とかいまどきどこに生息してんだよって感じのロケットカウルに乗った暴走族のニーチャンとか色々出てくるわけですけれどもね。


放映日が2月とするとだよ?
僕はテレビ番組の製作スパンについては良く分かりませんが、大体製作や編集に1ヶ月かかるとして、その前の2~3ヶ月で警察に密着して取材を始めるわけですよ。逆算してみると、まさに11月ごろなんですよね。


日本の平和がどうのとお為ごかしを言いつつも、犯罪が起きてくれないと番組は成立しないわけで。
もちろん、みんなの防犯意識が高まっていると犯罪が発生しにくいわけですよ。


すなわち、「暖かくなると変態が増える」と言う通説は、ピークを迎える11月を市民の防犯意識の途切れ目と重ねるように計算された日本のテレビ局及び警察機構の壮大なステルスマーケティングなのではないだろうか!!(力説)





絶望した!日本の平和を守るべき警察機構が犯罪撲滅を訴える裏で犯罪増加を助長しているダブルスタンダードに絶望した!!

しかし、しかしですよ。
いくら僕が警察機構の堕落とテレビ業界の癒着に絶望したとしても、僕一人では何も出来ないわけですよ。

怒りを覚えながら泣き寝入りするなんて情けない奴と思わないでください。
やつら司法の犬ですから、奴らが本気になれば僕なんて2秒で社会から抹殺されるわけですよ。
何たって日本最強のステマ市場であるテレビも敵に回すわけですからね。




僕に出来る事といえば、せいぜい反社会・反体制・反骨と言うロックの精神を体現したかのようなハードロックオナニーに励む事くらいです。今度はY字バランスに挑戦してみよう。掛け声は「元気ハツラツゥゥウ!!!」にしよう。


そして、それを意気揚々とブログにでも書いて通報され、家をガサ入れされる様子を警察密着24時で放送され、お茶の間の皆様にこう言われるのです。


「やっぱり、暖かくなってきたら変態が増えるなぁ」



 

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僕はエロい。
そりゃもうそこはかとなくエロい。
30歳手前にして日に2回自慰行為に耽るくらいエロい。朝晩朝晩朝晩晩くらいのヘビーローテーションだ。
 

しかしながら、エロというのは一般社会において忌避されるべき話題であり、特に日本社会においてはエロい=不快、犯罪的、反社会的と言うイメージすらあるのだ。

僕はこのエロ=悪と言う通念が納得できない。
エロいものは青少年に悪影響だと言うが、その因果関係は立証されているのだろうか?


成長期にある青少年がエロいと言うのは動物として当然の本能であり、自然の摂理に反して成長過程でエロさを抑制されたまま成長すると言う方が異常なことではないのだろうか?

 

草食系男子だの若者のおセックス離れだのごちゃごちゃと言って入るが、エロは悪い、汚いと幼少期からひたすら刷り込まれて、一体誰がおセックスなどしたがるものか。

昨今の少子化には少なからずエロ=良くないもの、悪影響としてきた教育の影響があると僕は考えるし、予備知識の無いまま本番に挑んでやり方がわからないから無茶な事をすると言う、いわば未必の故意的な性犯罪が増えるのではないかと考える。

いい加減、エロ=悪と言う風潮で臭いものを遠ざける教育を改め、正しいエロさを身につける教育に切り替えるべきである。

 

まあそんな僕の性教育論はどうだって良いんだが、とにかく僕はエロい。

この社会通念的に悪とされているエロさでもって何とか世のため人のために役に立とうといろいろ考えた結果、どこをどう間違えたのか



IMG_3365.jpg


ピンクローターを作った事もあった。

 


ところで。


僕がフランス留学していた高校時代、レアル(市場)の露店で購入したベルトがある。

購入以来10年間使い続けてきたわけだが、長年大したメンテナンスも無く使い続けていたため、先日とうとうバックルを止めている部分が擦り切れてしまった。


うーん。400円で買った割りに10年も使えば充分か。もう捨てようかなぁ、と思ったのだが。


21世紀はリサイクルとエコの時代だ。
砂漠化が進み、地上からはどんどん森林が消え、人口爆発による食糧危機が懸念されている。
化石燃料もいずれ枯渇することが危惧され、エネルギーの問題も叫ばれる。

環境問題については、専門家や科学者や施政者が知恵を振り絞って温暖化対策や緑化政策、代替エネルギーの開発など世界的な対策を進めているが、僕たちに今すぐ出来る対策としては、出来るだけゴミを出さず、消費するエネルギーを抑える事である。

我々の豊かな暮らしを支える地球の環境や資源の問題を次世代に先送りしないためにも、我々に出来る事からはじめようではないか。


すなわち、リサイクルリユースエコエコである。

 


まあぶっちゃけた話、僕が死んだ後何百年後の地球環境とかひたすらどうでもいいし、環境ヤクザもといNGO団体の「売り上げの○%を地球緑化のために寄付します!」って言いながらポリ塩化ビニルなどの環境への配慮のかけらも無い素材で出来たキーホルダーを売りつけるようなエコ商法とかクソ食らえと、すみません口が悪かったので言い直しますけどウンコお食べなさいと常々思っているのだけれどもね。

まあ要するに僕が今から作るものに正当性を与えるためにあれこれ言ってるだけなのでお題目になるなら何だっていいのだ。大人って汚いや。

 

さて、相変わらず前置きが長くて申し訳ないのだが。


まだ人に見せられるような段階ではないためブログでは触れていないが、僕は最近レザークラフトを始めた。

今まで手帳と財布を作ったのだが、まあその辺は別の機会に触れるとして。

 

レザークラフトを始めた僕としては、擦り切れた革ベルトをこのまま捨てるのも勿体無いし修理して使おうかな?と思ったわけであるが、ここでふと思った。

 

ここで地球環境のためにゴミを出さず修理するのは簡単だ。
しかし、それでいいのか?

さらに一歩踏み込んで、地球環境+人のために役立つ再利用方法は無いものか。
自分のために再利用するのではなく、他者のために使う。これこそが21世紀のエコ時代にふさわしいリユースなのではないか。
リサイクルリユースエコエコである。別に音感が良かっただけでこの言葉に深い意味は無い。

 


さて、ではこんな僕が一体どんな物を作れると言うのか。
冒頭でも触れたとおり、僕はエロしか取り柄の無い男なわけだ。自分、不器用ですから。

と言うわけで、この擦り切れたベルトをリユースし、他人様のおセックスライフを充実させるための器具を作れば良いではないか!と言うところに思い至ったのである。

 

 

と言うわけで、ベルトをまじまじと眺める。

 


この形状、大きさ、材質。
これを使って作ることの出来るおセックス用品と言えば?






img57112590.jpg



そう、拘束具。俗に言う「ボールギャグ」と言うやつである。

革手錠でも良かったしそっちの方が簡単そうではあるのだが、このベルトでは太さが足りないのであきらめた。

 

 

さて、製作に当たってこのボールギャグと言うやつを調べてみた。

「構造としては、中央にゴルフボール大のボールと、その両端に取り付けられた革紐からなる。ボールを被拘束者の口に咥えさせ、革紐によって固定し使用する。

中央のボールにはいくつかの種類があり、中空で表面に複数の穴の開いたもの、ゴム製で中央に呼吸用の穴の空いたもの、穴のないゴム球、などがある。


ボールギャグを咥えさせられた者はボールの穴、もしくは唇の隙間を通して呼吸ができるが、まともにしゃべることはできなくなる。また、口を閉じることができなくなるため唾液が垂れ流しになり非常に不恰好である。

この涎の漏出がSMプレイにおいては羞恥プレイとしての意味を持つ。現在ではマゾヒストを示す記号としての意味合いも強く、SMに使う猿轡として認知されている。

より激しいSMプレイには、アングルワイダー(開口具)などが使用される。」

さすがは天下のWikipedia。性具に関する情報も盛りだくさんだ。

きっとこの項目はwikipediaの編集に命掛けてる学者気取りどもが「これは学術的な記述ですよ?ww」みたいにニヤニヤしながら書いてるに違いない。
そんでこの項を読んで顔を赤らめてる清純系女子想像してジョイスティックを弄り回してるに違いない。

そんな学者気取りの知的オナニーはどうでもいいのだが、とにかくこれでボールギャグの構造は分かった。

 

と言うわけで、早速材料を購入。


DSC_0296.JPG


口に入れる部分が必要だ。ちょうど良いことにゴルフの室内練習用ボールが大きさ・形状ともに申し分ないのでこれを使う。

人間の顎間接の力は半端じゃないので普通のプラスチックだと剛性が心もとないが、ゴルフクラブをフルスイングしても割れないんだからこれなら大丈夫だろう。


あと金具をいくつか購入し、製作に取り掛かる。





DSC_0300.JPG

 

まずはハンダゴテを使い、ベルトを通す穴をボールに開ける。



DSC_0302.JPG


続いて、ベルトを切り出しバンド部分の成形に取り掛かる。











DSC_0316.JPG


口枷の部分が完成した。


何のためについているのか良く分からないが、参考にした通販のボールギャグにはすべてボール部分の横にリングがついていた。もちろんこれも再現。

これらの拘束具は、糸で縫うよりカシメ(鋲)で止めるほうが雰囲気が出る。


…と、言うわけで。

 

 













DSC_0323.JPG

 

 

あっさり完成。
ご覧のとおり、割と市販品並みのクオリティである。思っていたより製作難易度は低かった。
折りしも今日は金環日食。輪っかを作るのにこれほど適した日は無いではないか。

 


早速装着して写真を撮ろうかと思ったんだけれども、何というか自分の中の大事な何かが壊れそうな気がして僕は他人様のおセックスライフを充実させるためにこれを作成したのだ。
つまり、これを誰かに渡さなければならないのである。
そりゃ他人が口つけたものを使うのは何だかバッチいよね。





DSC_0318.JPG

 

と言うわけで、このブログをご覧の皆様の中から抽選で1名様にこのギャグボールを進呈したいと思う。
左にあるメールフォームから、住所氏名年齢を書いてメールを送ってください。発表は発送を持って替えさせていただきます。
到着後、ギャグボールを装着した写真を送ってもらえると僕のテンションが上がります。特に女子。







・・・え?ところで結婚式の余興どうなったんだって?黙れ。黙れよ。



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こんにちは僕ぽち丸。

気付けば1ヶ月近くも放置してましたスイマセン



この歳になってみると、誰しもが友人の結婚式ラッシュと言うものを経験するものです。
友人が残りの生涯を働き蜂や働き蟻のごとく女王を肥え太らせる為だけに費やす事を誓う隷属の儀式。


有名な結婚についての名言があります。

「人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する」
by.アラマン・サラクルー


この言葉、フランスの劇作家であるアルマン・サラクルーってオッサンが言ってたわけですけれども、まあ何と言うんでしょうね。
今後の人生の様々な権利を半分放棄して、様々な義務を倍背負う事になるわけですよ。

自らハードモード選ぶとかどんだけマゾいんだよwwww
判断力欠如しすぎだろwwwwwww

 

 

 

 


とか言いながら、結婚の予定が全くもって見えない自分を慰めてる今日この頃なんですけれどもね。

 

さてさて、この結婚式と言うやつなんですけども、披露宴の途中で新郎新婦の友人による余興と言うのがありますよね。

大抵がクオリティ低すぎる歌とかでして、やってる本人は一生懸命なんですが出席者一同は半笑いと言うか苦笑いと言うか、「あぁ、うん(笑)」みたいな感じになるわけです。

僕の従兄の結婚式で一青窈のハナミズキをボロ泣きながら一人で熱唱して最終的に新婦に抱きすがって泣き崩れてた新婦友人とかもう、痛々しすぎて生暖かく見守るしかなかったもんね。みんなドン引きしてたね、うん。
選曲もどーなんだよそれ。一人でもらい泣きしてろよみたいな。



まあ、そんなクオリティ低い歌を聴かされるたびにうんざりと言うかげんなりと言うか、何か痒くてしょうがない感じになってたんですけれどもね。

 

 


うん。




 

 

まさか自分がそれやるハメになると思ってなかったわ。


 


事のあらましは、高校時代の友人の結婚式が5月の12日にあるわけなんですけどもね。
その式で余興をすることになった友人から「ちょっと助けてくれない?」と言われたのがきっかけでして。

ミスチルのsimpleって曲を余興で歌う事になったけれど、一人でやるとスベるから一緒に歌って盛り上げてくれないか?みたいな意味だと思って、気軽にOKしちゃったんですよね。




蓋を開けてビックリですよ。ギター弾いてくれって何やねん。
それも二次会ならまだしも、披露宴でやってくれとか。


いやもう、無理無理無理無理、絶対無理。


 

ギターとかあーた、そりゃ学生の頃はちょっとはかじったりもしましたけれど、もう10年も触ってませんよ。

ギターを始めたきっかけと辞めた理由の有名な画像があるんですけれどもね。



44708d10.jpg
 


見事にこの典型なんですよ僕って奴ぁ。
10年前にちょびっとかじってた頃ですら人前で披露できるレベルじゃないのに、本番が1週間後とか無理ゲーもいいとこじゃないですか。


もちろん必死で抵抗しましたよ。

「私じゃなきゃダメなんですか?カラオケじゃダメなんですか?」
「歌じゃなくて良いんじゃないですか?他の出し物じゃダメなんですか?」
「アルペジオしなきゃダメなんですか?コード押さえるだけじゃだめなんですか?」
「勢いで誤魔化せる他の曲じゃダメなんですか?」

そりゃもう蓮舫大臣張りに仕分けを試みましたけれど、全て却下されてしまいました。

正確には、「新婦友人は美人の独身が多い」と言う情報で丸め込まれました。

 


その話聞いたのが5月4日でして、そりゃもうGW終盤はずっと家に引きこもってド下手糞なギターを練習してたわけですよ。

腱鞘炎もどきになって左手握るのが痛いし親指の先がずっと痺れてて感覚なくなりました。マジで。


と言うわけで、この3日間猛練習した成果、聴いてください。

Mr.childrenで「Simple」

はい、いかがでしたでしょうか。
これが10年ぶりに3日練習したクオリティですよ。
どうでしょう、美人の新婦友人をこれでタラし込めるでしょうか。

 

 

モテると思って始めたけれど、結局モテるほど上手くなるまで我慢できずに辞めて、またモテると思って再開する。こんな僕にピッタリの言葉があります。

 


「人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する」
by.アラマン・サラクルー

 

当日盛大にスベって来ますので慰める準備をして置いてください。


拍手[2回]


ハッピバースデイ トゥー






ミー・・・






ハッピバースデイ トゥー






ミー・・・





ハッピバースデイ ディアー






俺ー・・・




ハッピバースデイ トゥー






ミー・・・









4月15日は誕生日でした。
えーと、アレです。何歳とかもう別にいいです。めでたくないです嬉しくないですむしろ悲しいです。

まあ、アレです。二十歳過ぎです二十歳過ぎ。

 


それにしても、だ。
誕生日が嬉しくなくなったのはいつからだろう。

小さい頃は神様が居て、不思議に夢を叶えてくれたり毎日愛を届けてくれたりしてたんですけれども、いつの頃からか僕は世の中には神も仏もない、渡る世間は鬼ばかりと言う事を知ってしまいました。

そりゃもう泉ピン子と角野卓造が血で血を洗うようなドロドロの人間模様を繰り広げているわけです。
そんな世間様がどこの誰とも知らないそこらのオッサンの誕生日に向ける興味なんて、そこらの田んぼに居るザリガニと同じくらいのもんですよ。


まあ、逆に僕が良く知らない誰かに「今日誕生日なんだ」とか言われてもミナミアメリカジャイアントショートフェイスベアの生態と同じ程度の興味しか持てないので別に構わないんですけどね。

 

 

まあ、アレですね。
誕生日が来たと言っても、前日までと何か変わったか?と言われると驚くほど何も変わってないわけですよ。
童貞で無くなった時、童貞の時と何か劇的に変わったか?と言われると「別に・・・」ってのと同じ感じなんですけれどね。

ああ、このブログ読んでる人がどんな層なのかとか全く知りませんけど、て言うか層で分けれるほど多くの人に見てもらってる気もしませんけれど、彼女居ない歴=年齢のチェリー豚さんにはこの例えじゃ分かりませんかねプークスクス。

 

とにかくね、何かが劇的に変化したとか言うような事は一切無くて、ただ単純にひとつ歳を取っただけ。いつの頃からか思い出せませんが、今年も、去年も、一昨年も、ずっとこんな感じでただ漫然と誕生日を過ごしていました。

 

そして、来年も恐らく何も変わらない、ただただ恐ろしいほど変わり映えのしない日常を過ごして誕生日を迎える事になるのでしょう。

 

 

前の晩はいつもと変わらずゲームで夜更かしして
起きたらもう既に昼で
当然携帯は平常どおり、持ってる意味無いんじゃねえかってくらいなりを潜め
腹が減ったけど何かを作るのも買いに行くのも面倒で
とりあえずゲームを起動してしばらくやって
眠くなったのでお昼寝
気付いたらあたりは真っ暗で
何となく駅前に出て来たものの、特に目的も無く
何となくTSUTAYAでAVを借りて
ついでに前回の延滞料金を請求され
家に帰ってつぼみちゃんを見て一時燃え上がるも
すぐさま訪れる賢者モード
追い討ちをかけるように腹がグゥ、と鳴り
誕生日だし外食するかと財布を見てヘコみ
結局近所のラーメン屋でいつものチャーシューメンカタ半チャンギョーザを注文し
誕生日だしたまには贅沢するかと煮卵をトッピング
同い年くらいの男性客が嫁と子供と楽しそうにラーメン食べてるのを見ないふりして流し込み
帰宅して、2ちゃんのまとめブログとか読んでいる内にふと時計が目に入るのです。


もう11時50分か・・・あれ、俺、今日TSUTAYAとラーメン屋の店員以外の誰かと会話したっけ?
誰かにおめでとうって言われたっけ・・・?

 

 

これはあくまで、ここ数年の僕の実績から導き出した来年の誕生日のシュミレーションでしかありません。
しかし、恐らく9割以上は的中している事でしょう。
違うとすれば、つぼみちゃんじゃなくて藤井シェリーにするか、煮卵じゃなくて替え玉にするか、その程度。

 


ああ怖い。怖すぎる。来年に限った話じゃなく、何年経ってもこんなビジョンしか見えない自分が怖すぎる。
同い年のほかの友人とかね、もうとっくに結婚したり子供できたり家建てたりしてるわけですよ。それなのに何なんですかこの仕打ち。
僕が何したって言うんですか。
何にもしてこなかっただけじゃないですか。

 

 

 

でもねでもね、まだ大丈夫なんですよ。
孔子っつー昔の偉いオッサンが居たんですけれど、そのオッサンが言ってるわけです。

「子の曰く、吾れ 十有五にして学に志す。 三十にして立つ。 四十にして惑わず。 五十にして天命を知る。 六十にして耳順がう。 七十にして心の欲する所に従って、 矩を踰えず。」

何千年経った後の世にさえ名前を残すようなトンでもねえオッサンですら三十路まで自立せずに親のスネかじってたわけですからね。そして四十路までは惑いに惑ってたわけですからね。

 

そりゃもう、僕がこないだ久々に会った友人に「やっぱ自分の子供ってかわいいぞ。金掛かるけどなwでもお前独身だし結構溜まってるだろ?どんぐらい貯金して・・・え、マジ?何で俺より少な・・・お前・・・ちょっと真剣に地に足つけて考えたほうがいいぞ・・・」とマジ説教食らったり、TSUTAYAのAVコーナーでつぼみちゃんにしようか藤井シェリーにしようか、もういっそ両方行っちゃうか?いやいや、2本で当日返却とかイケるのか俺?うーむ・・・と小一時間惑いに惑ったところで何の問題も無いわけですよ。

と言うわけで、ぽち丸の戦いはまだまだこれからだ!
ぽち丸先生の次回作にご期待下さい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・と締めたかったところなんですけれど、この時僕は気付いていなかったのです。

孔子の言う「自立の歳」に自分がなるまで、あと1年を切っている事に・・・





 

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