10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
僕は会社で営業職なのだけども、営業たる者、もちろん客先回りをせねばならんわけだ。
普通の打ち合わせや動向調査(と言う名のお茶飲み)はもちろん一人で回るわけなのだが、新規顧客や少し大きな商談なんかになると上司と一緒に営業周りをする。
そんなこんなで今日も2社ほど回って会社に帰る途中、前を歩く部長が脇道に入りた。
「ちょっと寄り道して行こうぜ」
ってなわけで部長行きつけの喫茶店へ。
「帰ったら仕事せなアカンからやな、いっつも営業行く振りしてここでサボってるわけや」
上司がこんだけ暇なら俺の給料も少ないわけだ・・・とか思ってる間にオーダーをする部長。
「ブレンドとゆで卵2つずつ!ここのゆで卵めっちゃウマいぞ~」
ゆで卵か・・・実はあんまり好きじゃないんだよな。
部長が楽しそうに剥いているゆで卵を見ながら、ふと昔の事を思い出した。
小学生の頃、僕は両親共働きなので鍵っ子だった。
5歳離れた姉は、リア充だかDQNだか知らないけれど、毎日どこかへ出かけて家にはほとんど居なかった。
当時の僕は体も虚弱で大人しかったので、必然的に一人で家にいる事になる。
そんなこんなで、母は家事や僕のお守りをばーちゃんに頼むことが多かった。
家から帰ると、針仕事をしたり植木に水をやっていたばーちゃんが仕事の手を止め、笑いながら言ってくれた。
「お帰り!さあ、ばばあも疲れたからおやつにしよかぁ。腹減ったろ?」
一人称が「ばばあ」だったばーちゃんは、いつもニコニコ笑いながら台所に立つ。
ばーちゃんが作ってくれるおやつは、いつもゆで卵だった。
小学生の僕はもちろんお菓子が食べたいんだけれど、ばーちゃんはゆで卵以外、絶対に出さなかった。
半熟でもなく、完全に固ゆで。それも、1回やるたびに1パック使うので、一度にゆで卵を5個も6個も食べるハメになるのだ。
当時から僕はバカだったので、口の中がモソモソになり、時々喉に詰まって涙目になったりしながらも全部平らげていた。
「ぽちちゃんはほんまにゆで卵好きやねぇ」
なんて言われるんだけど、ばーちゃんがそれしか作らないんじゃねーかとか思いながらも、
嬉しそうに作るばーちゃんを見ると言えなかった。
ある日、おやつの時間になるとばーちゃんが何かとっても嬉しそうな顔をしていた。
「ぽち丸!今日のおやつはええもん買って来たよ~」
おお、ついにお菓子か!?世間一般で「おやつ」と言う言葉で連想されるお菓子の類がついに食べられるのか!?
と思ってワクテカしていると、ばーちゃんはニコニコしながら言い放った。
「1パック300円もする卵買って来た。絶対おいしいよ~!!」
いや、卵が高い安いの問題じゃねえから!!
1パック300円もする高級卵にフランス産の岩塩とやらを振りかけて食べてみたものの、
無理矢理食べるゆで卵はやっぱりおいしくなかった。
そんな風にゆで卵を食べまくりながらも次第に大きくなり、中3の冬になった。
授業中に、眉毛がぶっとい担任、通称『(眉毛が)ボン』が血相変えて入ってきた。
「お婆さんが倒れられて、病院に運び込まれたらしい。授業はもう良いから早く行け!」
血の気が引くってこういう事なんだろう。何?何で?誰が?何故?何時?どうやって??
ボンの言葉が理解できなかった。しかし、とにかく急いで病院に行かなければならないらしい。
僕は頭の中で必死に5W1Hを繰り返しながら走り出した。
その背中にボンが思いついたように叫ぶ。
「おい、校門出たところで待っとけ!駅まで送ってやる!」
僕の学校は駅まで徒歩10分程度掛かる。一刻を争う状況で駅まで送ってもらうのは非常にありがたい。
今のご時勢なら間違いなく体罰問題で懲戒食らうようなガチ体育会系のボンは暑苦しくてうっとしかったが、
こういう時はその熱血ぶりがありがたかった。
「よし、乗れ!!」
てっきり車が来ると思ってた僕の目の前に、一台のチャリンコが颯爽と停車した。
ハンドル部分に鍋つかみのような風除けをつけ、『さすべえ』を装着した年季の入ったミセス仕様だ。
「飛ばすぞ!しっかりつかまってろ!!」
ボンがテニスで鍛えた脚力で自転車を漕ぎ出した。
ボンの漕ぐチャリンコはマジで速かった。その分、むき出しの荷台に座る僕のケツも痛かった。
僕たちは、風になった。
音がすべてなくなり、景色が流れていく。
陽のあたる坂道を自転車で駆け上る。むさっ苦しいボンじゃなくて女の子と一緒だったらなんてステキなシチュエーションだっただろうか。
と、まあ、現実から目を背けるようにそんな事を考えていた。
しかし、僕が目を背けようと背けまいと、現実は確かに現実としてのしかかる。
病院に担ぎ込まれたばーちゃんは、末期だった。
お前が病人じゃねーのかってくらい青白い顔をした医者が他人事のように(実際他人事だけど)言った。
「もってあと数週間でしょう。延命治療もほとんど効果がないと思われます。」
その日から、毎日のようにお見舞いに行った。
ある日、麻酔から目を覚ましたばーちゃんが言った。
「ゆで卵食べたい…みんなで食べよう!」
と言うわけで、母と叔母がばーちゃんの家でゆで卵を作ってきた。
親族一同でばーちゃんを囲みながらゆで卵をかじる。その時、突然ばーちゃんの顔が真っ赤になった。
冷や汗をかき、必死でナースコールを押す。
どうやら、ゆで卵をのどに詰まらせたらしい。もう飲み込めないくらい喉の力が弱くなっているようだ。
「もうゆで卵なんか一生食べない!!」
まだまだ生きるつもりでいる、いや、薄々自分の余命について分かっていたであろうばーちゃんの「一生」と言う言葉が、妙に滑稽で妙に悲しかった。
ばーちゃんが亡くなったのは、その数日後だった。
「おい、どうした!?」
「は、はい!?いや、ちょっと喉に詰まっちゃって…」
思い出しながらゆで卵を食べてるうちに、涙ぐんでたらしい。
バカが少しだけマシになった僕は、水を一気に飲んだ。
一息ついてふと気がついた。
そういや、来週ばーちゃんの命日だ。
日曜に墓参りでも行って、大量のゆで卵でも供えとくか。